「国民的作家」司馬遼太郎の作品を読んでみたいけれど、作品が多すぎて、どの順番で読めばいいか分からない。そんな悩みを抱えていませんか。この記事では、司馬遼太郎作品を初めて手にする方に向けて、おすすめの読む順番を分かりやすく解説します。
中学生や歴史小説の初心者でも楽しめる読みやすいおすすめの作品から、必読と言われる最高傑作、ファンに人気の隠れた名作まで幅広く紹介。さらに、代表作が分かるランキングTOP10や、小説以外のエッセイのおすすめ、映像・ドラマ・漫画・メディア化作品の情報も網羅しました。作家のプロフィールや作風、特徴に触れながら、歴史小説の面白さを知り、膨大な数の全作品の中から読みたい一冊が見つかるはずです。
- 初心者でも楽しめる司馬作品の選び方
- 代表作や最高傑作の魅力とあらすじ
- 時代やテーマ別のおすすめの読み進め方
- 歴史小説以外の作品やメディア化に関する情報
司馬遼太郎作品 | おすすめの読む順番【初心者編】

司馬遼太郎の広大な作品世界。ここでは、特に初めて司馬作品に触れる方に向けて、最初の一冊を選ぶためのガイドをします。まずは作家自身の人物像と、多くの読者を魅了する作風の特徴から解説します。続いて、世間で特に人気の高い代表作をランキング形式でご紹介。さらに、歴史小説に馴染みのない方や中学生でも挫折せずに楽しめる入門書、ファンがこっそり教える隠れた名作まで、あなたの興味に合った作品を見つけてください。
作家のプロフィールと作風の特徴
司馬遼太郎作品の魅力に触れる前に、まずは作家自身について知ることから始めましょう。その人物像や作品の特徴を理解することで、物語をより深く味わうことができます。
司馬遼太郎とは
司馬遼太郎(本名:福田定一)は、1923年(大正12年)大阪市に生まれた小説家です。大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)在学中に学徒出陣を経験し、戦車隊の将校として終戦を迎えました。戦後は産経新聞社などで記者として働きながら小説を執筆し、1960年に忍者小説『梟の城』で第42回直木賞を受賞したのを機に、作家活動に専念します。
ペンネームの由来は、「中国前漢の歴史家・司馬遷に遼(はるか)に及ばない日本の者(太郎)」という謙遜と敬意が込められています。生涯を通じて日本の歴史と日本人とは何かを問い続け、1993年(平成5年)には文化勲章を受章。1996年に72歳で亡くなるまで、数多くの作品を世に送り出し、日本の読書界に大きな影響を与え続けました。
司馬遼太郎記念館
東大阪市の自宅敷地内には「司馬遼太郎記念館」が建てられています。安藤忠雄氏設計の建物内には、高さ11メートルに及ぶ巨大な書棚があり、約2万冊の蔵書が壁面を埋め尽くす光景は圧巻です。彼の精神世界と創作の源泉に触れることができる貴重な空間として、多くのファンが訪れています。(参照:司馬遼太郎記念財団公式サイト)
司馬史観と呼ばれる独自の作風
司馬遼太郎の作品が多くの人を惹きつける最大の理由の一つに、「司馬史観」と称される独自の歴史観と描写スタイルがあります。これは、単に歴史的な事実をなぞるのではなく、膨大な資料を徹底的に読み込み、その上で人物の内面や時代の空気を血の通った物語として再構築する手法です。
特に象徴的なのが、作中で頻繁に登場する「余談だが」というフレーズです。物語の本筋から一歩離れ、時代背景や文化、あるいは作者自身の体験や考察を織り交ぜることで、読者は歴史を多角的かつ立体的に理解することができます。このユニークな語り口が、歴史の教科書とは全く異なる、人間味あふれるドラマとしての面白さを生み出しているのです。歴史上の英雄だけでなく、これまで光の当たらなかった人物を発掘し、その魅力的な生き様を描き出した功績も非常に大きいと言えるでしょう。
代表作がわかる人気ランキングTOP10

数ある司馬作品の中で、特に多くの読者から支持されているのはどの作品なのでしょうか。司馬遼太郎生誕100年を記念し、2022年に司馬遼太郎記念財団が実施したアンケート「好きな司馬作品」の結果は、累計発行部数2億部を超える作品群の中から次の一冊を選ぶ上で、この上ない指針となります。ここではランキング上位10作品を、その魅力と共にご紹介します。
どの作品から読むか迷ったときは、まず多くの人に愛される理由のある、このランキングから選ぶのが間違いありません。きっとあなたの心に響く一作が見つかりますよ。
1位:坂の上の雲

明治日本の青春と苦闘を描き切った、壮大な国民文学の金字塔。
【あらすじ】
伊予松山に生まれた三人の若者、秋山好古、真之兄弟と正岡子規。彼らはやがて故郷を離れ、それぞれの道を歩む。好古は日本騎兵の父となり、真之は日本海海戦の天才参謀へ、そして子規は近代俳句の革新者となる。まだ若い明治という国家が、欧米列強に追いつこうと坂を駆け上がる姿を、彼らの人生を通して描いた壮大な叙事詩である。日露戦争の勝利という奇跡に至るまでの、国家と個人の苦闘と希望の物語だ。
【見どころ・注目ポイント】
登場人物たちが理想を追い求め、ひたむきに生きる姿が最大の魅力です。国家の成長と個人の人生が巧みに交錯し、読者はまるで明治時代を共に生きているかのような臨場感を味わえます。司馬遼太郎の歴史観「司馬史観」の真髄に触れられる作品であり、全8巻を読み終えた後の深い感動と知的満足感は格別です。
出版年 | 1969-1972年 |
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巻数 | 全8巻(文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(明治) |
メディア化 | NHKスペシャルドラマ(2009-2011年)など |
2位:竜馬がゆく

日本の夜明けを夢見た風雲児。現代に続く「竜馬像」を創り上げた不朽の名作。
【あらすじ】
土佐藩の郷士の家に生まれた坂本竜馬。彼は脱藩という大罪を犯して自由の身となり、幕末の日本を縦横無尽に駆け巡る。勝海舟との出会い、薩長同盟の成立、大政奉還の建白など、彼の柔軟な発想と行動力が、日本の歴史を大きく動かしていく。時代の閉塞感を打ち破り、新しい世を夢見て奔走した、わずか33年の生涯を描いた物語である。
【見どころ・注目ポイント】
何と言っても、常識にとらわれない人間味あふれる坂本竜馬のキャラクターが魅力的です。彼の自由な生き方は、現代を生きる私たちにも大きな勇気と示唆を与えてくれます。複雑怪奇な幕末の情勢が、竜馬という一つの視点を通して非常に分かりやすく描かれているため、幕末史の最高の入門書としても評価されています。
出版年 | 1963-1966年 |
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巻数 | 全8巻(文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(幕末) |
受賞 | 第14回 菊池寛賞(1966年) |
メディア化 | NHK大河ドラマ(1968年)、テレビ東京新春ワイド時代劇(2004年)、漫画化など多数 |
3位:燃えよ剣

ただ己の美学のため、剣に生き剣に死んだ男。新選組「鬼の副長」土方歳三の生涯。
【あらすじ】
武州石田村の百姓の子、「バラガキのトシ」と呼ばれた土方歳三。彼は生来の喧嘩好きと天性の組織構築能力を武器に、浪士や農民の寄せ集めに過ぎなかった新選組を、幕末最強の戦闘集団へと鍛え上げる。時代の流れに逆行し、滅びゆく幕府に最後まで忠誠を誓った彼の、華麗にして壮絶な人生の軌跡を追う。
【見どころ・注目ポイント】
全2巻(文庫版)と司馬作品の中では比較的短く、テンポの良い戦闘描写が多いため、エンターテイメントとして非常に読みやすいのが特徴です。組織論やリーダーシップ論としても読むことができ、ビジネスパーソンからの支持も厚い作品。土方歳三のストイックで純粋な生き様に、心を揺さぶられます。
出版年 | 1964年 |
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巻数 | 全2巻(文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(幕末) |
メディア化 | 映画(1966年、2021年)、テレビドラマ(1970年)など |
4位:街道をゆく

道を歩き、土地の記憶を掘り起こす。作家の思索と共に旅する歴史紀行。
【あらすじ】
日本各地、そしてモンゴル、オランダ、台湾など海外の「街道」を、作者自らが旅した記録である。その土地の風景や風土、歴史的背景、そこで生きた人々の営みに思いを馳せ、独自の深い思索を重ねていく。単なる旅行記ではなく、歴史、文化、文明を壮大なスケールで論じた、司馬遼太郎のライフワークと言うべき大シリーズだ。
【見どころ・注目ポイント】
作者の博覧強記ぶりに圧倒されると同時に、その土地への温かい眼差しを感じることができます。全43巻と長大ですが、自分の故郷や興味のある地域、好きな国から自由に手に取れるのが魅力。旅のお供に、あるいは知的好奇心を満たすための読書として、長く付き合えるシリーズです。
出版年 | 1971-1996年 |
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巻数 | 全43巻(朝日文庫版) |
小説ジャンル | 紀行文、エッセイ |
5位:峠

武士の義に生きた最後のサムライ。時代の流れに抗った孤高のリーダーの物語。
【あらすじ】
幕末、大政奉還後の混乱の中、越後長岡藩の家老・河井継之助は藩の独立を保つため「武装中立」を掲げる。しかし、新政府軍との交渉は決裂。彼は最新鋭のガトリング砲を手に、圧倒的な兵力を誇る新政府軍に対して、たった一藩で戦いを挑むことになる。時代の先を見通す合理性を持ちながら、武士としての美学に殉じた男の悲劇を描く。
【見どころ・注目ポイント】
薩長が中心の幕末史とは異なる、もう一つの視点を提供してくれる作品です。藩と領民を守るために、たった一人で巨大な時代の奔流に立ち向かった河井継之助のリーダーシップと決断力に、胸が熱くなります。1冊で完結する(上下巻、三巻版もあり)骨太な物語を読みたい方におすすめです。
出版年 | 1968年 |
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巻数 | 全3巻(新潮文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(幕末) |
メディア化 | 映画(2022年) |
6位:花神

村医者から近代軍の父へ。合理主義で時代を動かした異才の生涯。
【あらすじ】
周防の村医者であった村田蔵六(のちの大村益次郎)。彼は蘭学の知識、特に兵学の才能を見出され、やがて討幕軍の総司令官として歴史の表舞台に立つ。人間的な感情を排し、ただひたすらに合理性と論理だけで戦争を指揮する彼の姿は、幕末の志士たちの中でも異彩を放っていた。維新を成し遂げ、非業の死を遂げた天才の波瀾の生涯を描く。
【見どころ・注目ポイント】
一般的な英雄像とは全く異なる、特異な才能を持った主人公が魅力的です。感情論が渦巻く幕末において、データと合理性で物事を進める姿は爽快感すら覚えます。軍事技術という視点から明治維新という大変革期を捉えた、知的好奇心を刺激される作品です。
出版年 | 1972年 |
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巻数 | 全3巻(新潮文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(幕末~明治) |
メディア化 | NHK大河ドラマ(1977年) |
7位:国盗り物語

油売りから戦国大名へ。下剋上の時代を体現した二人の革命児の物語。
【あらすじ】
一介の油売りから、知謀の限りを尽くして美濃一国を乗っ取った斎藤道三。そして、その娘・濃姫を娶り、道三の夢と方法論を受け継いで天下統一へと突き進んだ織田信長。旧い価値観を破壊し、自らの才覚だけを頼りに時代を切り拓いた二人の革命児を主人公に、戦国乱世を描いたピカレスク・ロマンである。
【見どころ・注目ポイント】
特に前半の斎藤道三の成り上がり物語は圧巻の一言です。野心と知略で道を切り開いていく痛快さは、他の作品では味わえません。戦国時代の入門書としても非常に評価が高く、明智光秀を含めた三者の複雑な人間関係が、後の本能寺の変へと繋がっていく伏線も見事です。
出版年 | 1965-1966年 |
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巻数 | 全4巻(新潮文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(戦国) |
受賞 | 第14回 菊池寛賞(1966年) |
メディア化 | NHK大河ドラマ(1973年)、テレビ東京新春ワイド時代劇(2005年) |
8位:菜の花の沖

海の彼方に夢を見た商人。鎖国日本を舞台にした壮大な海洋ロマン。
【あらすじ】
江戸時代後期、淡路島の貧しい農家に生まれた高田屋嘉兵衛。彼は船乗りとして身を起こし、やがて蝦夷地(北海道)との交易で巨万の富を築く。その活躍は一商人の枠を超え、ロシアとの国際紛争(ゴローニン事件)の解決にまで奔走することになる。事実とは思えないほどドラマチックな、一人の男の生涯を描く。
【見どころ・注目ポイント】
武士や合戦が中心ではない、経済や外交の視点から江戸時代を眺めることができる新鮮さが魅力です。一代で財を成す立身出世物語としての面白さはもちろん、鎖国下の日本と外国とのスリリングな交渉史も読み応えがあります。司馬作品の幅広さを感じさせてくれる一作です。
出版年 | 1982年 |
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巻数 | 全6巻(文春文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(江戸) |
メディア化 | NHKドラマ(2000年) |
9位:関ヶ原

義の三成か、利の家康か。天下分け目の決戦に生きた武将たちの人間ドラマ。
【あらすじ】
豊臣秀吉の死後、豊臣政権は大きく揺らぐ。天下の実権を狙う徳川家康に対し、「義」を貫き豊臣家を守ろうとする石田三成。二人の対立を軸に、それぞれの思惑を抱く大名たちが東軍と西軍に分かれ、日本全土を巻き込む大戦へと突き進んでいく。天下分け目の決戦「関ヶ原」に至るまでの、武将たちの緊迫した権謀術数を描く。
【見どころ・注目ポイント】
理想主義者の三成と現実主義者の家康という、対照的な二人のリーダー像が鮮やかに描かれています。組織を動かすとはどういうことか、人間の本質とは何かを考えさせられ、リーダーシップ論としてビジネスパーソンにも深く読まれている作品。合戦そのものだけでなく、そこに至るまでの心理戦が非常に面白いです。
出版年 | 1966年 |
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巻数 | 全3巻(新潮文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(戦国) |
メディア化 | 映画(2017年)、TBSドラマ(1981年) |
10位:世に棲む日日

思想が革命を生む。吉田松陰と高杉晋作、二人の情熱が時代を動かした。
【あらすじ】
幕末、長州藩に生まれ、日本の未来を憂い多くの若者に影響を与えた思想家・吉田松陰。そして、松陰の教えを受け、その思想を破天荒な行動力で実現しようとした革命家・高杉晋作。この二人の師弟の生涯をリレー形式で描き、長州藩が倒幕へと向かう原動力となった熱と狂気を鮮やかに描き出す。
【見どころ・注目ポイント】
革命が「思想」から「行動」へと移っていくプロセスがダイナミックに描かれています。特に後半、奇兵隊を創設し、常識にとらわれない発想で時代を動かした高杉晋作のパートは圧巻の面白さ。『竜馬がゆく』の竜馬とはまた違うタイプの幕末の英雄の魅力に触れることができます。
出版年 | 1971年 |
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巻数 | 全4巻(文春文庫版) |
小説ジャンル | 歴史小説(幕末) |
受賞 | 第6回 吉川英治文学賞(1972年) |
メディア化 | NHK正月時代劇『蒼天の夢』(2000年) |
中学生や初心者も読みやすいおすすめ作品

司馬遼太郎の作品世界への第一歩として、まずは比較的短く、物語のエンターテイメント性が高い作品から入るのがおすすめです。ここでは、特に歴史小説を読み慣れていない中学生や初心者の方でも夢中になれる3作品を厳選しました。
結論として、アクション性が高く、登場人物のキャラクターが際立っている作品が入門書として最適です。なぜなら、複雑な歴史背景の知識が少なくても、物語そのものの面白さに引き込まれやすいからです。
燃えよ剣

新選組の「鬼の副長」として知られる土方歳三の生涯を描いた作品です。全2巻(文庫版)と手に取りやすく、剣客たちの激しい戦闘シーンが多いため、活劇として楽しめます。組織をまとめ上げるリーダーシップや、己の美学を貫く生き様は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。司馬作品への完璧な入門書と言えるでしょう。
梟の城

司馬遼太郎の直木賞受賞作であり、初期の代表作の一つです。豊臣秀吉の暗殺を依頼された伊賀忍者・葛籠重蔵(つづらじゅうぞう)を主人公に、権力者の影で生きる忍者たちの死闘を描いています。史実を背景にしつつも、架空の人物が織りなすスリリングな展開は、歴史小説というジャンルを意識せずに楽しめるはずです。
新選組血風録

『燃えよ剣』と同じく新選組を題材にしていますが、こちらは一話完結の短編集です。沖田総司や斎藤一など、隊士一人ひとりに焦点を当てた物語が15編収録されています。1つの話が短いため、隙間時間に少しずつ読み進めることが可能です。「長編は読み切れるか不安」という方に、まず手に取ってほしい一冊です。
最高傑作として必読の一冊は?

司馬遼太郎作品に慣れてきたら、ぜひ最高傑作と名高い大長編に挑戦してみてください。多くの読者や評論家が必読書として挙げるのは、『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』の2作品です。
どちらも日本の歴史の大きな転換点を描いた作品ですが、その趣は異なります。どちらから読むかによって、司馬作品への理解の深まり方も変わってくるかもしれません。
『竜馬がゆく』- 日本人のヒーロー像を創り上げた不朽の名作

幕末の風雲児、坂本竜馬の33年の短い生涯を描いた全8巻(文庫版)の大長編です。この作品によって、それまで歴史上の人物の一人に過ぎなかった竜馬は、「国民的英雄」として不動の地位を築きました。時代の閉塞感を打ち破る竜馬の明るさ、柔軟な発想、そして行動力に引かれ、多くの読者が夢中でページをめくってしまいます。日本の夜明けを夢見て駆け抜けた男の物語は、読む者に爽快な感動と明日への活力を与えてくれるでしょう。
『坂の上の雲』- 「司馬史観」の真髄が詰まった壮大な叙事詩

明治という新しい国家が、近代化の坂を必死に駆け上がっていく様を、伊予松山出身の秋山好古・真之兄弟と正岡子規の3人の生涯を通して描いた、こちらも全8巻(文庫版)の大作です。日露戦争という国家の存亡をかけた戦いをクライマックスに、個人と国家の成長が重層的に描かれます。密度が濃く、歴史的背景も複雑なため難易度は高いですが、読み終えた時の知的満足感は格別です。司馬遼太郎の歴史観、いわゆる「司馬史観」の神髄に触れたい方におすすめします。
2つの最高傑作、どちらから読む?
まずは人物中心で物語性が豊かな『竜馬がゆく』で幕末史に親しみ、その後に明治を描いた『坂の上の雲』へ進むと、時代の流れをよりスムーズに理解できるかもしれません。
ファンに人気の隠れた名作を紹介

『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』といった超有名作以外にも、司馬遼太郎作品には通なファンから熱く支持される「隠れた名作」が数多く存在します。ここでは、一味違った視点から歴史を楽しめる3作品をご紹介。司馬遼太郎作品が好きになったらぜひチェックしてみてください。
峠
幕末、薩長中心の歴史の陰で、自藩の独立を目指し武装中立を掲げた越後長岡藩の家老・河井継之助の物語です。時代の大きな流れを冷静に読み解きながらも、武士としての美学に殉じた「最後のサムライ」の生き様は、多くの読者の胸を打ちます。全3巻(文庫版、上下巻版もあり)で完結しており、骨太な人間ドラマをじっくりと味わいたい方におすすめです。
花神
日本近代陸軍の創設者、大村益次郎(村田蔵六)という、異色の天才を描いた作品。主人公は武士や志士ではなく、村医者出身の合理主義者です。人間関係は不器用そのものですが、ただひたすらに論理と合理性で戦争を遂行し、長州藩を勝利に導く姿は圧巻。技術が歴史を動かすダイナミズムを感じられる、知的好奇心を刺激される一冊です。
菜の花の沖
主人公は武士ではなく、商人・高田屋嘉兵衛。江戸時代後期、淡路島の貧しい若者が、やがて北前船を駆使する大商人へと成長し、ついには国家間の危機まで救うという、事実に基づいた壮大なサクセスストーリーです。海のロマン、経済のダイナミズム、そして緊迫した国際情勢まで描かれており、司馬作品のスケールの大きさを実感できます。
司馬遼太郎作品 | 読む順番【テーマ別に解説】

司馬作品の全体像をより深く知りたい方のために、ここではテーマ別の読み進め方を提案します。戦国や幕末といった時代を追って物語を読むことで、個々の作品が持つ点が線となり、壮大な歴史の流れを立体的に体感できるでしょう。また、小説とは異なる魅力を持つエッセイや、原作の世界を別の角度から楽しめる映像化作品も紹介します。読破を目指す方向けの全作品一覧とあわせて、あなたの読書体験をさらに豊かにするための情報をお届けします。
壮大な歴史小説の世界に触れる
司馬遼太郎の歴史小説は、個々の作品として楽しむのはもちろん、同じ時代やテーマでまとめて読むことで、歴史の流れを立体的につかむことができます。ここでは、代表的な「戦国時代」と「幕末・明治」の2つの時代を軸にした読み進め方をご提案します。
戦国時代を追体験する順番
下剋上の時代、英雄たちが駆け巡った戦国時代の流れを掴むには、以下の順番で読むのがおすすめです。物語が時代順につながっていき、壮大な歴史ドラマを体感できます。
- 国盗り物語:斎藤道三と織田信長を中心に、戦国時代の幕開けを描く。
- 新史 太閤記:信長の後を継ぎ、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉の物語。
- 関ヶ原:秀吉亡き後の天下分け目の決戦を、石田三成と徳川家康の視点から描く。
- 城塞:豊臣家が滅亡する大坂の陣を描き、戦国時代の終焉を見届ける。
幕末から明治への流れを掴む順番
日本の形が大きく変わった激動の時代。多様な思想がぶつかり合った幕末から、近代国家・明治が誕生するまでの流れは、複数の作品を読むことで多角的に理解できます。
- 燃えよ剣 / 新選組血風録:幕府側、新選組の視点から動乱の京都を知る。
- 竜馬がゆく:土佐の坂本竜馬を中心に、倒幕へ向かう全体の動きを俯瞰する。
- 世に棲む日日 / 花神:倒幕の主役となった長州藩の思想と戦略を深掘りする。
- 翔ぶが如く:維新の立役者、西郷隆盛と大久保利通の友情と決別を通して、明治新政府の苦悩を知る。
- 坂の上の雲:明治という新しい時代を生きる人々の姿を通して、近代日本の歩みを知る。
注意点:長編作品の連続
ここで紹介した順番は、歴史の流れを理解するには最適ですが、いずれも複数巻にわたる長編です。途中で疲れてしまわないよう、間に短編集を挟んだり、興味のある作品を優先したりと、ご自身のペースで楽しみましょう。
小説以外のエッセイもおすすめ

司馬遼太郎の魅力は、歴史小説だけにとどまりません。彼の思索の深さや、日本という国への温かい眼差しに触れることができるエッセイや紀行文も、ぜひ読んでいただきたい作品群です。小説を何作か読んだ後に手に取ると、その作品の背景にある作者の思想をより深く理解できるでしょう。
街道をゆく
『週刊朝日』に25年間にわたって連載された、司馬遼太郎のライフワークとも言える紀行文シリーズです。日本国内はもちろん、アイルランドやモンゴル、台湾など海外の道を歩き、その土地の歴史、風土、そして人々の暮らしに触れながら、独自の思索を展開します。全43巻と長大ですが、興味のある土地の巻から気軽に読むことができます。旅に出る前に読むと、その土地が何倍も面白く感じられるはずです。
この国のかたち
晩年に『月刊文藝春秋』で連載された巻頭エッセイをまとめたものです。日本の歴史や文化、日本人の精神性について、様々な角度から鋭く、そして滋味深い筆致で考察しています。「武士道」「神道」「日本語」といったテーマを通して、私たちが生きる「この国」がどのように形作られてきたのかを考えさせてくれます。一編一編が短いため、日々の読書にも取り入れやすいシリーズです。
映像・ドラマ・漫画・メディア化作品から選ぶ

司馬遼太郎の作品は、そのドラマチックな物語性から、数多く映像化・メディア化されています。「いきなり長編小説を読むのはハードルが高い」と感じる方は、まず映像作品から入ってみるのも一つの良い方法です。物語のあらすじや登場人物を視覚的に掴むことで、原作小説がより一層読みやすくなります。
代表的なメディア化作品
- NHK大河ドラマ:
『竜馬がゆく』(1968年)、『国盗り物語』(1973年)、『花神』(1977年)、『翔ぶが如く』(1990年)、『功名が辻』(2006年)など、数多くの作品が原作として採用されています。 - スペシャルドラマ:
『坂の上の雲』(2009年~2011年)は、3年にわたって放送され、大きな話題を呼びました。 - 映画:
近年では『関ヶ原』(2017年)や『燃えよ剣』(2021年)が映画化され、迫力ある映像で原作の世界観を再現しています。 - 漫画:
『竜馬がゆく』(作画:鈴ノ木ユウ)など、近年では漫画化も進んでおり、新しい世代のファンを獲得しています。
映像作品を観て興味を持った人物や時代から、原作小説を読んでみるという楽しみ方もおすすめです。
全作品一覧で読破を目指そう

司馬遼太郎は、長編小説、短編集、エッセイなど、生涯にわたり膨大な作品を残しました。ここでは主要な長編小説と短編集を時代順にまとめました。読破への長い旅の地図としてご活用ください。
長編小説
作品名 | 時代 | 概要 |
---|---|---|
項羽と劉邦 | 中国・秦末~前漢 | 楚の項羽と漢の劉邦の天下を賭けた戦いを描く。 |
空海の風景 | 平安時代 | 天才僧・空海の生涯と思想の軌跡を追う。 |
義経 | 平安末期~鎌倉初期 | 悲劇の英雄・源義経の栄光と没落を描く。 |
箱根の坂 | 室町時代 | 戦国時代の先駆け、北条早雲の生涯を描く。 |
国盗り物語 | 戦国時代 | 斎藤道三と織田信長の親子二代にわたる国盗りの物語。 |
新史 太閤記 | 戦国~安土桃山 | 農民から天下人へ、豊臣秀吉の出世物語。 |
功名が辻 | 戦国~江戸初期 | 山内一豊と妻・千代が乱世を生き抜く夫婦の物語。 |
夏草の賦 | 戦国~安土桃山 | 四国を制覇した長宗我部元親の栄光と悲運。 |
関ヶ原 | 安土桃山 | 石田三成と徳川家康、天下分け目の決戦を描く。 |
城塞 | 江戸初期 | 豊臣家の滅亡を描く大坂冬の陣・夏の陣。 |
燃えよ剣 | 幕末 | 新選組副長・土方歳三の壮絶な生涯。 |
竜馬がゆく | 幕末 | 日本の夜明けを夢見た坂本竜馬の奇跡の生涯。 |
世に棲む日日 | 幕末 | 思想家の吉田松陰と革命家の高杉晋作、師弟の物語。 |
花神 | 幕末~明治 | 日本近代陸軍の創設者・大村益次郎の生涯。 |
峠 | 幕末 | 武装中立を掲げた長岡藩家老・河井継之助の戦い。 |
翔ぶが如く | 明治 | 西郷隆盛と大久保利通、明治維新後の友情と対立。 |
坂の上の雲 | 明治 | 日露戦争を軸に近代国家日本の青春を描く。 |
代表的な短編集
作品名 | 時代 | 概要 |
---|---|---|
新選組血風録 | 幕末 | 沖田総司ら新選組隊士たちの様々な生き様を描く。 |
幕末 | 幕末 | 桜田門外の変など、幕末の暗殺事件を題材にした連作。 |
酔って候 | 幕末 | 山内容堂など、幕末の個性的な四人の殿様を描く。 |
豊臣家の人々 | 安土桃山 | 豊臣秀吉を支え、あるいは翻弄された人々の物語。 |
梟の城 | 安土桃山 | 直木賞受賞作。豊臣秀吉暗殺を狙う忍者の死闘。 |
まとめ:司馬遼太郎の読む順番の決め方
この記事では、司馬遼太郎作品の広大な世界を旅するための、様々な「読む順番」をご提案してきました。どの作品を最初に手に取るか、次に何を読むか、その選択は読者一人ひとりの自由です。例えば、まず入門書として名高い『燃えよ剣』で土方歳三の生き様に触れ、同じ新選組を題材にした短編集『新選組血風録』で隊士たちの人間ドラマを味わうのも良いでしょう。あるいは、直木賞受賞作である『梟の城』で、初期のエンターテイメント性あふれる作風から入るのも一つの手です。
歴史の流れを掴みたいなら、戦国時代の『国盗り物語』から『関ヶ原』へ、幕末の『世に棲む日日』から明治の『翔ぶが如く』へと読み進めることで、壮大な歴史のダイナミズムを体感できます。また、小説とは一味違う思索の深さを味わえる『街道をゆく』のようなエッセイも、司馬作品の大きな魅力です。ファンに人気の高い『峠』や『花神』といった作品は、歴史の教科書では光が当たらない人物の面白さを教えてくれます。近年では映画やドラマ、漫画といったメディア化作品も多いため、そこから興味を持った原作に手を伸ばすのも、おすすめです。
- 司馬遼太郎作品に「これしかない」という読む順番はない
- 初心者は巻数が少なく物語性の高い作品からがおすすめ
- 最高傑作と名高いのは人物中心の『竜馬がゆく』と国家を描く『坂の上の雲』
- 戦国や幕末など同じ時代で作品をまとめて読むと歴史の理解が深まる
- 小説だけでなく紀行文『街道をゆく』などのエッセイも非常に魅力的
- 最終的には自身の興味や関心がある人物や時代から選ぶのが一番の近道